しらたきと糸コン 殺人者はそこにいる Byしらたき

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2008年06月12日 (00:38)

殺人者はそこにいる Byしらたき

殺人者はそこにいる―逃げ切れない狂気、非情の13事件 (新潮文庫)殺人者はそこにいる―逃げ切れない狂気、非情の13事件 (新潮文庫)
(2002/02)
「新潮45」編集部

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おりしも、これを読み終えた翌日にまた通り魔事件が起こってしまった。
私にも「殺したい」と思う気持ちが芽生えたことはあっても、
「誰でもいいから誰かを殺したい」という気持ちは全く理解できない。
人に危害を加えるのに「理由がない」というのは本当に怖い。
 
以前、下関で起こった通り魔事件の犯人は、当時一緒に暮らしていた人の担任の息子だった。
それくらいの薄いつながり(?)でも、いつどこで誰が狂気に走るかという不安に駆られたものだった。
 
狂気は当たり前に暮らしている誰にでもある闇だ。
しかし、当たり前の生活から外れる怖さが、その闇を封印していると思う。

この本はまるで、解決しないミステリのようで後味が悪い。
いや、殺人に後味のいいものなど存在しないが、そこに「なぜ」が提示されないことが出口のない迷路のような、答えの出ない数式のようなモヤモヤしたものが、闇を刺激するのだ。

前に読んだ「身の毛もよだつ殺人者たち (宝島社文庫)」に記された殺人者たちは淫楽殺人という、一応理由づけできる理由がある。
通常の意識下なら吐き気がするような光景の中で、エクスタシーを感じる性癖が彼らを犯罪に走らせ、反面、一般社会人として普通に暮らしている怖さがあった。

理由があるからといって、殺人が許されることはない。
しかし、理由がないことには納得できない、というのは私だけではないと思う。

街中のテレビでこのニュースを聞いたときに、犠牲者の中に知人と一字違いの方がいて、一瞬血の気がひいた。慌てて画面を見て字と年齢が違っていることに安堵してしまった自分がいたが、犠牲になられた方の周囲の方たちに思いを馳せて反省した。

犠牲になっていい人などいない。
 

とりとめもないものになってしまったが、ここにこうして生きているだけで、防ぎようのない狂気の被害に遭うかも知れないということを意識しなければいけないのだろうか。
ふと思ってしまった。


  


 
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